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神戸地方裁判所 昭和30年(行モ)2号 決定

申立人 黒塚繁治

被申立人 兵庫県税事務所長

主文

本件申立はこれを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は、「被申立人が申立人所有の別紙第二目録記載の家屋(以下単に本件家屋と称する)に対しなした別紙第一目録記載の事業税等の滞納処分のための公売手続は本案判決(当裁判所昭和三十年(行)第一一号事業税等賦課無効確認等請求事件)のあるまでこれを停止する」との決定を求める旨申立て、その理由として、被申立人は昭和二十九年二月十五日申立人に対して別紙第一目録記載の事業税等の滞納があると称して申立人所有の本件家屋を差押えた。然し申立人は昭和十五年頃から新三菱重工業株式会社神戸造船所に勤務しているものであつて、前記の事業税、遊興飲食税等の賦課を受ける理由がないので、不思議に思い種々調査の結果、右課税は、当時神戸市兵庫区中道通一丁目一番地において「松葉」という屋号で料理店を経営していた申立人の叔母の夫橋本政治が申立人に無断で、申立人の名義を冒用して、その営業主は黒塚繁治(申立人)であるとして被申立人に対し届出ていたためであることが判明した。そこで申立人は直ちに被申立人に右事実を通知し、申立人に対する課税並びに本件滞納処分を取消されたい旨申入したところ、被申立人はその実情を了解しながら言を左右にしてこれに応じないのみならず、右差押に係る本件家屋を昭和三十年四月十二日午后二時公売すべき旨決定し、その旨申立人に対し通知して来た。よつて申立人は前記課税並びに滞納処分は前記のように申立人には何等の関係のない無効の処分であるから、昭和三十年四月九日当庁に対し被申立人を被告として事業税等賦課無効確認並びに滞納処分取消を求める訴を提起したところ、被申立人は前記公売期日を同年五月十一日まで任意に延期した。然しながら、前記の公売手続を執行せられてしまつては、本案訴訟において后日申立人が勝訴の判決を得ても、申立人は給料生活者(一ケ月の実収入約二万円)であつて、本件家屋以外に財産として見るべきものもなく、その上扶養家族として妻及び五人の子女をかかえ、本件家屋には申立人を含めて七人の家族が居住しているのであるから、今、これを奪われるにおいては忽ち生活の本拠を失い、路頭に迷うことは明らかであつて、償うことのできない損害を受けるものであるから、これを防止するに緊急の必要あるものとして行政事件訴訟特例法第十条第二項により公売手続の停止を求めるため本申立に及んだと述べた。(疎明省略)

被申立人の本件申立に対する意見は、「被申立人は昭和三十年四月十二日午后二時に、差押に係る本件家屋を公売すべき旨決定し、更に慎重を期するため、右公売処分を同年五月十一日まで延期しているけれども、右決定には何等の違法はないのみならず、申立人は昭和二十九年三月十五日兵庫県税事務所に出頭し、橋爪政治立会の下に同日付を以て納付誓約書を提出して、納税を確約すると同時に万一不履行の場合には差押物件の公売その他如何なる処置をも承認していながら、後日に至つて橋爪政治が申立人の名義を冒用して営業していたものであるといい出して責任を回避せんとするものであり、数年間自分の氏名を使用されながら知らなかつたというようなことは到底措信できない。又被申立人は、申立人主張のように橋爪政治が申立人の氏名を冒用している実情を了解したことはない。なお申立人は本件公売処分の執行により、申立人及びその家族が住居を失い路頭に迷い、以て償うことのできない損害を受けるので、これを防止するに緊急の必要があると主張するけれども、申立人は月給等で一ケ月二万余円の収入があり、他に借家を求めることも可能であるから、本件は行政事件訴訟特例法第十条第二項所定の処分の執行を停止すべき場合に該当しない。」というのである。(疎明省略)

そこで考えてみるに昭和三十年四月九日申立人主張のような本案訴訟が当庁に提起されたことは当裁判所に顕著なところであり、申立人名義で課税された県税の滞納により、本件家屋が差押えられ、その公売期日が昭和三十年四月十二日午后二時と決定されたが、その後これが同年五月十一日まで延期されたことは当事者間に争がない。然るに申立人は右課税並びに滞納処分を受くるべきでない理由として、真の営業主は橋爪政治であつて、同人が申立人の名義を冒用していたのであるから、申立人は何等関係がないと主張し、この点に関する疎明として甲第一乃至五号証を提出しているけれども、右資料のみを以てしては未だこれを肯定することは困難である。

仮にこの点の確定を本案訴訟における審理に譲ることとして、本件家屋が公売手続の執行により第三者の手に渡つたとしても、それは取消を受ける虞れを蔵した処分によつてその所有名義が第三者に移転するに過ぎないものであるのみならず、その買受人が直ちに申立人及びその家族等に対し本件家屋より退去明渡を求め、或は直ちに申立人等が現住する本件家屋を取毀つてしまうというような事態が発生するとは限つたものでもないし、又仮にその買受人において右のような措置を取ろうとしたとしてもこれを防止する方法も皆無という訳でないから、申立人がたとえ幾らかの苦痛乃至は損害を蒙ることがあるとしても、現段階の下においては、行政事件訴訟特例法第十条第二項にいわゆる「償うことのできない損害を受け、これを避けるに緊急の必要がある」場合に該当するものと認めることができない。他に本件執行を停止すべき事由に関し格段の主張も疎明もないから、本件執行停止の申立は理由がないものとして却下すべきものとし、申立費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松本昌三 前田治一郎 山本久巳)

(目録省略)

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